織田信長公の位階(いかい)の推移について

位階(いかい)とは基本的には地位や身分の序列、等級を意味していますが、 制度としての位階は古代中国の政治行政制度である律令制や、それを継受した国における官僚・官吏の序列の身分制度のことで、位(くらい)ともいいます 。後に位階は、長く官職にあった者や特に功績のあった者などに与えられる栄典の一となりました。

諸臣(臣下)は正一位から少初位下(しょうそいのげ)まで30階の位階があり、五位以上がいわゆる貴族の位階となっています。従五位下に叙せられることを叙爵といい、従五位下の別称を栄爵、またその位階にある者を大夫(だいふ)と呼びました。

信長の場合、自身がなくなってから2回官位が上がっているのが面白いですね。

織田信長公の位階の推移

天文18年(1549) 上野介を自称
永禄09年(1566) 尾張守を自称
永禄11年(1568)10月28日 従五位下弾正少忠
元亀01年(1570)03月14日 正四位下弾正大弼
天正02年(1574)03月18日 従三位参議
天正03年(1575)11月04日 権大納言
天正03年(1575)11月07日 兼、右近衛大将
天正04年(1576)11月13日 正三位
天正04年(1576)11月21日 内大臣
天正05年(1577)11月16日 従二位
天正05年(1577)11月20日 右大臣
天正06年(1578)01月06日 正二位
天正06年(1578)04月09日 右大臣・右近衛大将を辞す
天正10年(1582)10月09日 従一位太政大臣を贈位贈官
大正06年(1917)11月17日 正一位を贈位

※弾正小忠(だんじょうしょうちゅう)・・・弾正は警察機関。尹(いん)を筆頭に大弼、小弼、大忠、小忠、大疏(だいそ)、小疏、台掌、巡察弾正
※弾正大弼(だんじょうだいひつ)・・・上記参照
※参議(さんぎ)・・・ 朝廷組織の最高機関である太政官の官職の一つ 。
※権大納言(ごんだいなごん)・・・ 太政官に置かれた官職のひとつ。 権は定員外という意味。大納言に任命されるのは摂関家出身者に限られた。
※右近衛大将(うこんえのだいしょう)・・・ 宮中の警固などを司る左右の近衛府の一つ。
※内大臣(ないだいじん)・・・ 太政官に置かれた令外官の一つ。
※右大臣(うだいじん)・・・ 太政官の職の一つ。
※太政大臣(だじょうだいじん)・・・ 太政官の長官。