第6回楽学@楽膳楽酒レポート

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり・・・で始まる平家物語は、鎌倉時代に成立した読み物です。平家の栄華と衰退を描いた軍記物語として有名です。琵琶法師が語り部となって、全国を巡りながら口伝で伝承していました。

東京国立博物館「琵琶法師」

ということは、当然織田信長をはじめ武将の皆さんは内容を知っていたことでしょう。なぜ平家は繁栄したのか?衰退したのはどこに原因があったのか?それぞれの知見で、平家からの学びを得ていたと推定できます。

今回は「織田信長は平清盛に学んだか?」というテーマでした。

今回の資料の一部

平家物語の内容を突き詰めると、自分一代が栄華を極めても死後、子の代に一族滅亡させてはならないということになります。また、この原因は滅ぼした敵将の男児に情けをかけ、殺さなかったことにあると。平家を自称した信長としては、反面教師としての清盛の轍(てつ)は踏まないということは身に染みて実感していたことと思います。

講座風景

信長はこの教えから(これだけではないと思いますが)敵将に対しどのような行動をとったでしょうか?明智理事は朝倉家と浅井家、松永家の例を挙げています。
朝倉・・・嫡男阿君丸を尋ね出だし、丹羽五郎左衛門に仰せ付けられ、生害候なり。「信長公記」
浅井・・・浅井備前が十歳の嫡男御座候を、尋ね出だし、関ケ原と云ふ所に張付に懸けさせられ、年来の御無念を散ぜられ訖んぬ。「信長公記」
松永・・・涙せきあえず。哀れなる有様。中ㇸ目もあてられぬ様躰なり。「信長公記」

心月寺蔵 「朝倉孝景」 長浜城歴史博物館蔵「浅井長政」 東京都立博物館「松永久秀」

また秀吉と家康にも触れています。
秀吉・・・豊臣秀次の正室と側室、子を処刑
家康・・・豊臣秀吉の子秀頼を殺害。その子国松を殺害

この他にも、天正3年の岩村城の戦いでは叔母のおつやの方も含め張り付けにしています。一見残酷に見える信長の振る舞いは、先人に学んだ知恵に基づいていることが分かりました。いわばこの時代の常識だったということです。

講座風景2

今回の信長に関する一品はクラブハリエのバウムクーヘンをお出ししました。滋賀では有名な和菓子屋たねやさんの息子(兄は和菓子、弟は洋菓子)さんが経営しています。東京では三越で買えますよ。焼きたてバウム最高です。

クラブハリエのバウムクーヘン

講座が終わると毎度恒例となりました懇談会です。前回に続き黒田様と南部様にお越しいただき、さらに長曾我部様も登場!!会場は盛り上がりました。
若干慣れてきてマヒしているのですが、織田、明智、黒田、南部、長曾我部・・・すごいですよね。他の武将の末裔の方々、ぜひお越しください。戦国談話致しましょう。

懇談会風景

次回開催は9月3日(土)、講座のタイトルは「信長は兵法に学んだか?」となっています。会場と時間は通常通りです。募集開始は近日ブログにてお知らせいたします。ご参加お待ちしております。