第5回江戸古地図でPettit散歩ちょっと織田家レポート

10月1日(土)第5回江戸古地図でPettit散歩ちょっと織田家を開催しました。コースは広尾から表参道。本日は写真を交えて道程をレポートします。

広尾商店街を抜け、最初に訪れたのが祥雲寺です。
祥雲寺は福岡藩2代藩主の黒田忠之が、父の黒田長政の冥福を祈るために創建しました。赤坂溜池の屋敷に建立し、長政の法名・興雲をとって龍谷山興雲寺といったのがはじまりです。寛永8年(1631)の火災で現在地に移りました。


黒田長政の墓です。屋根で覆われており墓碑名には、金粉が塗られています。 下段は継室の栄姫(大涼院)と長女の亀子姫(清光院)のお墓です。

柳本藩織田家の墓所です。織田家の墓所は港区数か所になぜか分散しています。

閑静な住宅街を抜け、臨川小学校裏手を過ぎると東北寺(とうぼくじ)です。 至道無難というお坊さんが至道庵を寛永6年麻布桜田町に創建しました。
その後、米沢藩2代藩主上杉定勝の正室生善院が中興開基となり、元禄9年(1696)に現在地へ移転し、寺号を東北寺に改めたそうです。

日向佐土原藩島津家の墓所です。奥の小高い頂にあります。手前の島津家の家紋が印象的です。

この墓地には最後の佐土原藩主島津忠寛の墓があります。忠寛は戊辰戦争が始まると、官軍の先鋒を務めました。ちなみに忠寛の長男忠亮の墓もあり、忠亮はアメリカ留学を経験したあと初代赤坂区長になりました。

渋谷氷川神社につきました。境内には江戸郊外三大相撲の一つ金王相撲の相撲場の跡があります。

吸江寺です。「無外流」という剣の一派は吸江寺から生まれたともされています。

常盤松の碑を通り過ぎます。碑がある場所は島津家の敷地後で、篤姫が輿入れする前に過ごした場所です。目前には渋谷区郷土記念館があります。
言い伝えでは常盤御前が平家滅亡の一件があった後にこの村に隠れ住み、時間のある時に散歩して六本の松を植えたそうです。
長い年月を経ていつしか常盤松とよばれるようになりました。
また隣村の麻布の地を六本木というのも、これに由来しているそうです。

常陸宮邸を通り過ぎます。敷地は緑が生い茂り、きっと小さい子供ならトトロが見えることと思います。

渋谷区を抜け港区に戻ります。骨董通りと六本木通りの交わる付近に長谷寺があります。薩摩藩黒田家の菩提寺で、坂本九さんや榎本健一さんの墓もあります。

山門を抜けると観音様が出迎えてくれます。大和、鎌倉と並び3大長谷観音として有名です。観音様は一刀彫で、一刀三礼(一刀彫るごとに3回礼をする)で完成したそうです。

黒田家のお墓です。裏口を通ると鳥居があり、そこをくぐるとあります。ご子孫の黒田さんに解説していただき、長谷寺を巡りました。ちなみに黒田さんは檀家総代です。

骨董通りにある紅ミュージアムに立ち寄りました。紅についてのレクチャーを受け、最後に紅花茶をいただきました。紅花といえば天童。天童といえば織田家です。藩政が苦しい中、紅花の栽培に注力したことは有名です。最上紅花としてブランド化されるほど、最高級品として取り扱われていたようです。

骨董通りを進み表参道駅を越えたところにあった織田家屋敷跡の解説をし、本日の行程は終了しました。途中休憩もありましたが、3時間半の長い旅路でした。

最後に、本日いただいたご朱印です。左から順に祥雲寺・長谷寺・渋谷氷川神社です。

次回開催は11月5日(土)。場所は有楽町界隈を予定しています。募集の告知はアメブロとフェイスブックで行ないます。ご参加お待ちしています。