馬の博物館 秋季特別展 信長の馬・秀吉の馬 に行ってきました

神奈川県横浜市にある馬の博物館で、馬事文化財団創立40周年を記念して行なわれた秋季特区別展「信長の馬・秀吉の馬」を観覧してきました。10月15日から12月4日までの期間で行なわれていました。

横浜市中区根岸台にある馬の博物館


馬の博物館は公益財団・馬事文化財団が管理する施設です。馬事文化財団は馬にかかわる文化の普及と、競馬の健全な発展の基盤の形成に資することを目的としています。昭和51年4月に設立され、昭和52年10月より日本初の本格的な洋式競馬場とされる旧根岸(横浜)競馬場の跡地一画の根岸競馬記念公苑において、ポニーセンターの管理運営も行なっています。また実馬展示を実施しサラブレットをはじめ多品種の馬を繋養し、乗馬体験や馬車の試乗会などしています。天皇賞馬・マイネルキッツにも会えますよ!!

秋季特別展パンフレット

正面入り口の秋季特別展を告げる看板

競馬好きならわかる春の天皇賞馬・マイネルキッツにも会える!!


ただし博物館がある敷地は高台に有しており、駅から歩くよりはバスを利用することをお勧めします。目の前に着きますよ。

敷地内にある馬の博物館入口風景

織田信長公と馬といえば、天正9年(1581)2月の京都御馬揃えが有名です。パレードの目的は 京都の平和回復と織田家の天下掌握を内外に知らしめるため。信長公記によると、1から4番隊と御連枝の御衆、公家衆、小姓・馬廻衆など織田軍団を総動員して行なわれます。

信長公は復興しつつある京都で馬市を開かせたり、競馬神事を行う神社へ馬を奉納するなど、積極的に馬を保護します。

天正2年(1574)5月5日、加茂別雷神社(上賀茂神社)で行なわれる賀茂祭の競馬御神事(加茂競馬・かもくらべうま)に、天下御祈祷のために馬を奉納します。合戦に勝利した際に乗っていた乗用馬2頭と、馬廻り衆の駿馬18頭を加えた20頭を競馬に出場させます。古式競馬は2頭で争う武芸なので10番のレースを行なったようです。信長公は5日の競馬は観戦していませんが、1日の足汰式(あしぞろえしき:出馬する馬の優劣を定める儀式)には顔を出したようです。
ちなみに右側を走るものは黒っぽい衣装(狛鉾・こまぼこ)、左を走るものは赤色の衣装(打毬・たぎゅう)に定められています。
その際の支出を記録した就信長御見物職中算用状(複製)が展示されていました。

加茂競馬図屏風(馬の博物館蔵)

上賀茂神社HPより

上賀茂神社所蔵の文書では乱入方職中算用状に興味を奪われました。上賀茂神社の沙汰人が作成した収支報告で、本能寺の変があった翌日、天正10年(1582)6月3日に明智光秀に銭1貫文、取次役に200文進上するほか、家臣の明智秀満へ1貫文、斎藤利三へも1貫文をお礼として贈っています。しかし10行後には御屋形様(三法師?)をはじめ羽柴秀吉や織田信孝、丹羽長秀など明智を討った織田一門や織田家臣らへ銭を贈っており、混乱の様がわかります。

上賀茂神社は残されている書状約1万通の修復に着手。長い年月を経て虫食いや折れ、糊の浮きなどが進み補修が必要な状態で手直しが開始されています。

また馬の朱印が押された織田信長伝馬朱印状や、信秀か16歳のころの信長公が使ったかもしれない木瓜紋が入った皮箙(弓矢を入れる道具)、信長公の7回忌に作られた織田信長像(京都・報恩寺蔵)などがありました。

織田信長伝馬朱印状と皮

織田信長像(京都・報恩寺蔵)

馬にスポットを当てた内容は他にはなく展示の規模は小さいですが、大変面白い展示会でした。次はマイネルキッツに会いに行こうっと。