【2月16日レポート】プチ散歩特別編 上杉みすずさんと行く歴史散歩ー上杉家ゆかりの地 伊豆編ー

こんにちは、町娘のYです!

去る2月16日(土)、米沢新田藩当主ご内室、上杉みすずさんのご案内で、伊豆散歩バスツアーに行ってきました。
ご報告が遅れてしまい、ごめんなさい♪
さっそく、当日の様子をレポートします!

当日朝、集合場所は三島駅です!

みなさん迷わずに来られましたか~。
お天気もとっても良く、参加者のみなさんもニコニコです。

でも、なぜ越後や米沢にいたはずの上杉さんが伊豆を案内するの?
ちょっぴり不思議ですよね~。
その理由は600年前までさかのぼります。

室町時代、上杉氏は足利家と強いつながりを持ち、関東一の勢力図を持つ氏族として栄えました。
実はあの足利尊氏のお母さんも上杉家の方だったんですって!ビックリですよね!

その尊氏が、母方の叔父である上杉憲房(のりふさ)に「伊豆国奈古谷(いずのくに・なごや)郷」を与えた関係で、今でも伊豆には上杉家ゆかりの史跡がたくさんあるそうです。
「関東管領(かんれい)」って言葉は知ってても、まさか伊豆にまで土地を持っていたとは驚きです!

今回は上杉家ゆかりの史跡と併せて、中伊豆の王道観光地も回る、一粒で二度おいしい豪華なプチ(じゃない?)散歩!
みなさんが迷子にならないよう、事務局で米沢新田藩上杉家の旗を作ってくれました。

 

バスも貸し切りだし、まるで本物の旅行ツアーみたい!
バスで遠足なんて、久しぶりでちょっとわくわく。

移動の間に、しおりを見ながら予習もしましょう!

 

■国清寺
最初の訪問地は国清寺です。上杉さん説明お願いしまーす。
(以下、しおりから説明文を抜粋しちゃいます♪)

伊豆国奈古屋郷にある、室町時代の上杉氏の氏寺(うじでら)です。
もともとは、源頼朝に討幕を促した文覚上人の住居跡であり、頼朝もこの地に足を運んだといわれます。
国清寺は「上杉憲房」の菩提を弔うために、息子の上杉憲顕(初代関東管領)が創始しました。
ここには、室町幕府成立に大きな役割を果たした上杉憲顕とその家臣の供養塔があります。
憲顕は200年後、謙信に譲られることになる「山内上杉氏」の祖となった人物です。
館としての機能も持っていたようで、室町時代の上杉家の主要な舞台となった寺です。

自然の中にたたずむ、風情たっぷりのお寺です。
大きな木には、何か宿っていそう…。

 

■江川邸
次は、伊豆の王道観光地、江川邸です。

江川邸といえば戦国好きな方は「江川酒」が思い浮かぶかも?
米沢新田藩の現当主、上杉孝久さんは日本酒プロデューサー。
奥様のみすずさんもとってもお酒に詳しいんですよ!

江川邸のガイドの方に詳しくご案内をしていただきました。

鎌倉時代、大和よりこの地に移り住み、鎌倉幕府の御家人となった江川氏の住居です。
戦国時代の書物に度々登場する銘酒「江川酒」を造っていた場所が、この江川邸のある場所といわれています。
後北条氏の御用蔵として、織田信長ら戦国武将にこの酒を贈って喜ばれています。
上杉謙信はミカンと共にこの江川酒が贈られたことに礼状をだしています。
豊臣秀吉の「醍醐の花見」にも登場します。
北条氏滅亡後、江川家は家康により安堵されますが、江戸時代初期には酒造りは止めていたようです。
その後、代官として家は続きました。

建物は篤姫や西郷どんなど、大河ドラマのロケにも使われているそうですよ!
大和からやってきたとき、家臣の方も一緒に伊豆へ付いてきたというお話が印象的でした。
とっても人望が篤かったのですね。

■韮山反射炉
ここも伊豆観光ツアーでは外せないポイント!世界遺産に登録されているのでご存知の方も多いのでは?
前に訪問した江川家の方が幕末に作った溶鉱炉なんですよ♪

炎や熱って、反射するとすごく高温になるんですって!理科の実験みたい。

■願成就院
こちらは、北条氏の氏寺です。


なんといってもこのお寺の目玉は、あの「運慶」が作った仏像!
運慶の他の作品は、ほとんどガラス越しでしか見られませんが、こちらの仏様は間近で見ることができるのです。生きているみたいに躍動感のある仏様でした。
お坊様から運慶のお話もしていただきました。
運慶は、当時としてはかなり型破りな人だったそうですよ。

またお寺には、室町時代後期に堀越公方家内紛の火種となった、足利茶々丸のお墓と言われる墓石も伝わっています。

■守山八幡宮
願成就院の裏手にある守山八幡宮は、1180年、源頼朝がこの八幡宮に祈願して平氏打倒の旗揚げをした場所です。当時このあたり一帯が北条館であり、北条政子と結婚した頼朝が住んでいたといわれているそうです。
拝殿を兼ねた舞殿があり、そちらでお参りしました。その後ろには社殿へ続く階段がありました。上まで登るのは大変そうです…。

 

■伝 堀越御所跡
守山八幡宮から少し歩くと堀越御所跡です。
室町時代にわずか38年だけ存在した「堀越公方」の屋敷跡です。
8代将軍足利義教により関東に派遣されましたが、鎌倉入りすることができず、実権を持てないまま、北条早雲によって滅ぼされました。
この堀越公方滅亡から上杉氏の関東での実権が揺らぎ始め、戦国時代へと入っていったのです。
ここからの富士山の眺めは素晴らしく、その点はさすが公方邸跡と思わせます。

このあとは、伊豆の国パノラマパークでお昼をいただきました。バイキングでおなか一杯。幸せです~♪

お昼ごはんのあとは、腹ごなしも兼ねて山城へ向かいます!

■狩野城跡
伊豆に勢力のあった狩野氏の城跡です。

前に説明した足利茶々丸決起の際、狩野氏は茶々丸に味方し北条早雲と闘いますが降参。
後に小田原城下に住み、後北条氏の家臣となりました。
この一族からは、駿河に下向していた足利義教に画才を認められ、京に上り狩野派を起こした狩野正信が出ています。その後400年間画壇の中心にあり、狩野永徳・探幽らを輩出しました。

みなさん、あの狩野派の一族が伊豆出身ってご存知でしたか?
私は全然知りませんでした。勉強になります~!

■最勝院
ツアーの最後は最勝院です。
こちらは、上杉家とどんな関係があるお寺なのかな?

1373年、足利義満より上杉能憲にこの土地があたえられ、上杉氏ゆかりの寺として最勝院がひらかれました。
この寺には、長尾景虎(後の謙信)に家督を譲った最後の山内上杉家当主、「上杉憲政」の嫡男「龍若丸」と家臣の墓があります。

なんと!最初に訪れた国清寺は「初代関東管領」にかかわるお寺でしたが、最勝院は「山内上杉家の終焉」にゆかりのあるお寺だったのですね。

上杉謙信誕生前の「上杉家の歴史」を、ほんの少しですが伊豆の地でたどることができて、とても興味深かったです!

最後は、熱海の駅で解散。
おうちに帰るまでがプチ散歩ですよ!

フツウの観光とはちょっと違った視点で巡る、歴史散歩。
バスでのお出かけは初めての試みでしたが、バス内ではおやつ片手にワイワイおしゃべり。
参加者さん同士も仲良くなれて、すごく楽しかったです。

またぜひ機会があれば、歴史好きな皆さんと一緒にお出かけしたいです!