特集 織田信長ー信長死去の6月2日に各地で法要・例祭ー

天正10(1582)年6月2日、織田信長は天下統一の志半ばにして本能寺にてこの世を去りました。のちに本能寺の変と呼ばれる事変は、腹心・明智光秀による企てでした。天下統一事業は別の腹心・豊臣(羽柴)秀吉により成され、徳川家康に政権移行し285年に及ぶ徳川将軍時代となりました。信長自身は、好んで唄った敦盛の一節「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」通り、人生を全うしたとも解釈できます。

寺院法要について
信長の遺体は発見されていませんが、多くの衣冠墓・供養塔が作られます。代表的な墓所は本能寺の変直後、清玉上人が自ら現地に赴いて信長の遺灰を持ち帰り墓を築いたとされる京都・阿弥陀寺と、秀吉が信長1回忌に合わせて建立した同・総見院、滋賀・安土城二の丸跡に秀吉により建立された織田信長廟が挙げられます。
織田信長の墓・廟・供養塔・祠・位牌所一覧

総見院と総見寺

6月2日には各地で法要が営まれます。愛知は、名古屋市中区にある総見寺と清須市の総見院が信長忌と銘打った法要を営み、公の冥福を追薦します。いずれも臨済宗妙心寺派の寺院です。総見寺は信長次男・信雄が父の追福のために、伊勢国大島村にあった安国寺を清洲に再興したもの。この時安土にあった總見寺にちなみ改名します。慶長16(1611)年、名古屋城築城の際に清州城が廃城となり、城下にあった有力神社や寺院、商家などが名古屋に移され、現在の地に移ります。6月2日のみ拝観可となります。総見院は総見寺があった場所に、尾張初代藩主・徳川義直が正保元(1644)年に創建し、総見寺3代住職・閩山(みんざん)和尚を開山に迎え、信長の菩提を弔うよう命じたのが始まりです。

阿弥陀寺と総見院

本能寺山門と法要の様子

京都は京都市上京区・阿弥陀寺と同北区・総見院、同中京区・本能寺、亀岡市・聖隣寺が行ないます。阿弥陀寺は6月2日のみ信長忌勤修のため堂内拝観可となり、各種寺宝が公開されます。ここが本廟と呼ばれる所以は、大正6(1917)年に信長に正一位の位階を追贈する儀式の際に宮内庁役人が訪れ、お墨付きを与えたからです。総見院は大徳寺塔頭寺院で、信長のために秀吉により建立された墓所です。春と秋には一般公開されます。本能寺は本堂にて信長公忌が行なわれます。聖隣寺は秀吉の養子となった信長4男・秀勝が建立した供養塔があり、6月第1日曜日に供養祭が行なわれています。

信長廟と安土山入り口

滋賀・近江八幡市では安土山中の總見寺で毎歳忌が行なわれます。関係者のみの行事ですが、この日にかぎり安土山の参拝料が無料となります。

崇福寺と延暦寺

西山本門寺と首塚

岐阜・岐阜市の崇福寺は、岐阜での織田家の菩提寺で側室・お鍋の方により遺品が持ち込まれ、信長・信忠廟所に埋葬されたようです。10月に行なう岐阜信長まつりにて、追悼式が行われます。
静岡・富士宮市の西山本門寺は信長の首塚伝説があり、11月に行なわれる信長黄葉まつりで供養祭が営まれます。
滋賀・大津市の延暦寺では、元亀の乱で亡くなった方々と信長の追善回向を9月12日に行ないます。

【寺院法要】
静岡 富士山 本門寺   富士宮市  信長公供養祭   11月    信長黄葉まつり行事
岐阜 神護山 崇福寺   岐阜市   織田信長公追悼式 10月    岐阜信長まつり行事
愛知 興聖山 総見院   清須市   信長忌      6月2日
愛知 景陽山 総見寺   名古屋市  信長忌      6月2日  2日のみ一般公開
京都 蓮台山 阿弥陀寺  京都市   信長忌      6月2日  2日のみ一般公開
京都 大本山 本能寺   京都市   信長公忌     6月2日
京都 総見院       京都市   年忌       6月2日  大徳寺塔頭寺院、一般非公開
京都 聖隣寺       亀岡市   信長公忌     6月2日  (6月第1日曜)
滋賀 比叡山 延暦寺   大津市   追善回向     9月12日 西塔・元亀の兵乱殉難者鎮魂塚
滋賀 遠景山 總見寺   近江八幡市 毎歳忌      6月2日

建勲の神号を賜り祭神に
明治2(1869)年、明治天皇より戦国乱世において天下統一、朝儀復興などの事業を進めた信長の偉勲に対し、「建織田社(たけしおりたのやしろ)」という神社創立の宣下がありました。明治3(1870)年10月に「建勲神社(たけいさお)」(国家のためにつくした、立派な功績を残したものの意)の神号を賜りました。明治8(1875)年に、政府によって新たに設けられた近代社格制度である、国家のために特別な功労があった人物を祀る「別格官幣社」28社(東照宮・日光市、豊圀神社・京都市、上杉神社・米沢市、尾上神社・金沢市など)の一つとして列格されました。

京都・建勲神社と天童・建勲神社

信長死後、秀吉が正親町天皇の勅許を受け、天正寺という信長の廟を建設する予定地だった場所であり、江戸時代を通じて信長の霊地として保護された京都・船岡山と、信長次男・信雄からはじまる織田家大名の地元である山形・天童、兵庫・柏原に神社が、滋賀・安土山内に小祠(今はない)が建立されました。

天童建勲神社は5月の連休に合わせた市の祭り行事として、京都建勲神社は旧暦6月2日にあたる7月1日、柏原建勲神社は6月2日にそれぞれ例祭を行なっています。柏原建勲神社は地元自治会や無印会(元藩主と元家臣団からなる会)、観光協会が一体となりかつては盛大に行事を行なっていましたが、10月開催の「柏原藩織田まつり」に市が注力したこと、例祭で虫干ししていた武具や古地図など史料が、柏原歴史民俗資料館に移動したことを受け、例祭自体は地元自治会による小規模なものへと変貌したようです。天童建勲神社は時期がまちまちでしたが、ここ数年は鶴岡山でのつつじまつり期間の5月2日に例祭を行なうようになっています。

劔神社境内末社・小松建勲社の緒書きと岐阜信長神社

福井・劔神社には境内末社・小松建勲社が鎮座します。劔神社に功績のあった小松殿(平重盛)と信長を合祀した小社ですが、例祭は特にないとのことです。京都・建勲神社から分霊した岐阜信長神社は、信長が楽市楽座を開いたさい、市神を神木・榎の元に祀ったとの伝承が残る橿森神社の境内末社です。例祭は10月第1土曜日(今年は5日)、市の岐阜信長まつりの行事の一環として行われています。また、毎月最終金曜日には金の御朱印を授与していただけます。

今宮神社境内末社・織田稲荷神社と泉野菅原神社

京都・今宮神社の境内末社である織田稲荷社は、墓所である阿弥陀寺の移転跡地・上京区元伊佐町に鎮座していましたが、昭和62(1987)年に今宮神社境内に遷し祀るようになりました。信長とその家臣を祀り、例祭は2月2の午日(今年は2月26日実施済)に行なわれます。石川・泉野菅原神社の成り立ちは玉泉寺の鎮守社で、玉泉寺は前田利長室・永姫の菩提寺です。永姫は信長の娘であることから、父である信長を密かに祀ったとされています。9月に秋の例祭が行なわれます。

【神社例祭】
山形 建勲神社   天童市 例大祭  5月2日   天童つつじまつり行事
石川 泉野菅原神社 金沢市 信長公祭 9月     別称・秋季例祭
福井 小松建勲社  丹生郡 ー    -      劔神社境内末社
静岡 久能山東照宮 静岡市 -    -      相殿(東照宮大権現・豊圀大明神)
岐阜 岐阜信長神社 岐阜市 例祭   10月5日  橿森神社境内末社、岐阜信長まつり行事
京都 建勲神社   京都市 例祭   7月1日   新暦にて祭事
京都 織田稲荷社  京都市 二午祭  2月2午日  今宮神社境内末社、信長とその家臣を葬る
兵庫 建勲神社   丹波市 例祭   6月2日

清州古城跡公園内にある小祠と織田信長像

愛知・清須市では清州古城跡公園内にある小祠にて、織田信長公顕彰祭が今年は6月1日(土)に行われます。玉串奉納や祝詞奏上をはじめ、敦盛の舞や奉納太鼓で信長公の遺徳を偲び、偉業をたたえ顕彰します。

【その他】
愛知 小祠 清須市 織田信長公顕彰祭 6月1日 清州古城跡公園内、清須市主催